MED INFO

医師の自学自習のためのブログ

終末期の救急搬送について―最近のニュースから

 

headlines.yahoo.co.jp

 

この手のニュースを見ると、いつも思い出す出来事があります。

脚色していますが、自分の体験談を書いてみます(注:自分は都市部の総合病院の内科勤務医です)。手前みそながら、終末期の救急搬送について考えるにあたって、適した題材ではないかと思っています。

単に、救急要請をする/しない、蘇生処置をする/しないという問題でないことがおわかりいただけると思います。

 

 

忙しかった午前中の外来を終えた昼下がり。デスクでぼんやりしているとPHS鳴る。
液晶には「受付」の文字。受付からの電話はたいてい、外線で自分あての入電があったことを知らせるものである。少し緊張しながら通話ボタンを押す。

「先生。警察からなんですが」


警察から普通の病院医師に連絡が入るのには、二つのパターンがある(他にもあるかもしれないが)。

一つは診療中の患者が警察に捕まった場合。刃傷沙汰や、若い患者ではヤクが多い。あるいは交通事故。「診療中の病気を教えてくれ」「留置場で内服させる薬をこれから取りに行きたいのだが」といった電話である。いかつい警察官が、手錠を付けた患者と一緒に診察室に入ってくる様子は、なかなかにコメディーだ。

 

しかし今回はもう一つのパターンだったようである。つないでもらうと、刑事課のOと名乗る人物が電話口に出る。

「Sさんという患者さんが今朝がた救急車でA病院に運ばれまして、そこで死亡が確認されたんですが、死因が分からないということで警察に届けがありまして」

Sさんと聞いて、すぐに顔と検査データを思い出す。自分が外来で診ていた高齢の男性。遺体は現在、患者自宅最寄りの警察署に安置されているという。

「いつも診ていただいていた先生に死亡診断をお願いできないかと」

この手の電話を受けるのは初めてではなかった。自分が警察署に出向くのが、事態を一番丸く収めると知っている。

幸い、午後のデューティーはない。病棟の担当患者も安定している。上司と病棟看護師に事情を説明し、同僚に「何かあったら頼みます」と伝える。Sさんのカルテをチェックしてからタクシーに乗り込む。

 

タクシーに揺られながら、Sさんが亡くなったという事実にじわじわショックを覚える。二週間ほど前に自分の外来を受診したのが最後だった。車いすに座るのがやっとだったが、クリアな会話ができ、Sさんにしてはまずまず元気だったような覚えがある。つい自分に落ち度がないか考えてしまうが、末期的な疾患を抱えていたのは確かで、「突然亡くなってしまうのは十分ありえたことだ」「患者や家族にもそのように説明していた」と自分を勇気づける。ただ、「万が一のときの蘇生処置は希望しない」との本人・妻とのやり取りも思い出し、今回、このように警察が介入してしまったことを申し訳なく思う。


警察署に到着するとロビーにSさんの奥さんがいらっしゃった(外来にもいつも一緒に来ていた)。向こうもこちらに気付く。挨拶すると「今までありがとうございました」と自分をねぎらってくれ、ひとまずほっとする。

電話をくれた刑事課のOさんが早速案内してくれる。

警察署裏の「小屋」、解剖実習で使うようなステンレスの台の上にSさんは裸であお向けに横たわっており、当たり前なのだが一見してお亡くなりになっている。

警察職員の方と外表を確認し、明らかな外傷死や中毒死ではないと結論付ける。死後硬直や死斑の状態も一応見せていただくが、死体現象などうろ覚えなので緊張する(推理小説医学生や医者が「検死」をさせられたりするが、あんなのは無理)。

その後、別室でOさんと情報交換をする。

奥さんが意識のないSさんを発見したのが朝方。救急隊の現場到着時点で心肺停止の状態であり、蘇生処置がなされながらA病院に搬送。A病院の医師が死亡を確認したが、その時点ではっきりした死因は不明。かつ普段診療をしていたわけでもないため、警察に届けられたとのこと。

自分からは、Sさんの診療経過、すでに末期的な状況であったこと、今回の死亡が元々抱えていた疾患に起因するものであろうという見解と、自分が死亡診断書を発行したい旨を伝える。

奥さんに再度挨拶し、事情を説明する。死亡診断書をなるべく早く作成すると約束し、警察署を後にする。

 

 

いくつかのクエスチョンが思い浮かびます。

なるべくニュートラルな視点から意見を述べてみたいと思います。

法律に関しては素人ですが、法律原文にもあたり、注意しながら言及していきます。

 

Q1-1. Sさんの奥さんは救急要請をすべきだったのか? もし救急要請をしないとしたら、どんな選択肢があったか?

Q1-2. 救急隊に蘇生処置を中止するという選択肢はあったか?

Q1-3. A病院ではなく、いつも診てもらっている(筆者の)病院に搬送してくれればよかったのでは?

 

ニュース内でも問題とされているクエスチョンです。

前提として、Sさんは末期的な疾患に罹患しています。年単位の寿命は期待できませんが、筆者の外来を最後に受診した時点では、あと数日というような病状ではありませんでした。

介護があれば自宅生活は可能で、食事・内服薬の経口摂取はぎりぎりですが可能。在宅のヘルパー・看護師が週何回か来てくれます。在宅医は入っておらず、主な通院先は筆者の病院だけです。意識は清明で、自分の意思を十分伝えられます。Sさんおよび奥さんは、生前筆者の前で「万が一のときは蘇生処置はしたくないなぁ」と言っています。ただ、文書には残していません。

 

奥さんは朝、寝床で冷たくなっていたSさんを発見します。

この時点で、奥さんが取れる合法的な対応は二つかと思われます。一つは、実際に奥さんがそうしたように救急要請を行うこと、もう一つは医者を呼ぶことです。

 

救急要請を行うのは簡単。119番にコールすればよい。「必ず」数分で救急隊が来てくれ、「必ず」蘇生処置を開始し、「必ず」病院に搬送してくれます。ただこの「必ず」が問題になってくる。

もうすぐ死んでしまうと分かっている患者に、ついにそのときがやってきた。蘇生処置をする。患者自身・家族も望んでいないとしたら、ある意味虐待でしょう。それに、救急隊員も救急車も、救急病院も救急医も、無限にあるわけではないし、コストもかかる。

しかし救急隊員にとって、蘇生処置をしながら病院に搬送するというのは仕事です。そういう前提で出かけているのです。ですから、駆け付けたのに蘇生処置をしない、病院に搬送しない、とすれば相当の理由が必要なのです。

Sさんがそうであったように、たとえ生前の発言があったとしても、十分にその意思が確認できなければ、救急隊は業務を粛々と実施する以外に選択肢はありません。

 

では救急車でなく医者を呼べばいいか。誰を?という話なのです。

在宅医がいれば、自宅でそのまま「お看取り」されていたでしょう。しかしSさんを主に診療しているのは筆者です。

筆者が事前に在宅医を手配しておけばよかったか? 結果的にはそうです。しかし案外在宅医の導入はハードルが高い感覚があります。在宅医を導入した場合、その医者に診療の大部分をゆだねることになります。「大きな病院」を離れることに抵抗を示す患者さんもいますし、まして外来通院が可能な患者さんに在宅医を勧めるのは酷なところもあります。うまく併用できたらよいのでしょうが。

 

筆者がSさんの自宅に「お看取り」に行けばよかったか。それは取りうる一つの選択肢でしょう。奥さんは筆者に直接連絡し、Sさんがどうやら亡くなっているようだと報告する。筆者はSさん宅に駆け付ける。(異状死でなければ)死亡診断書を発行する。終了。

でもどうでしょう? 病院で勤務している普通の医者を呼び出していいのか? そういう対応をしたことがない。合法ではあると思いますが……。

 

次善の策として、救急要請し、「蘇生処置を行わないで」筆者の病院に搬送してもらうという手があります。もし筆者が直接Sさんの奥さんから直接電話をもらっていたら、そういう風にしてもらったかもしれません。救急隊員も、医者の監督下であれば、自信をもって「蘇生処置を行わない」選択が取れるはずです。しかしこれも、救急隊・救急車の無駄遣いという感は否めません。

 

自家用車、タクシー、他何らかの方法(車いすなど)で当院までSさんを送ってもらえば、救急要請をする必要はありませんね。実際、「生きている患者さん」で救急車を呼ぶほどでもない場合はそのようにして病院に来てもらうわけですから。

死体遺棄になりますか? ならないでしょう。この時点でSさんはまだ「生きている」と扱うことは可能です。冷たくなっているとはいえ。もちろん、奥さんが、Sさんを乗せた車で病院に向かわず、どこか山の中でも走行していれば別ですが。

残念なことに、Sさんは奥さんと二人暮らしで、奥さん一人では冷たくなったSさんを車に乗せることはできません。手伝ってくれる人物はいないとします。自家用車がないときは? タクシーは……タクシー会社に聞いてください。まぁ常識的に無理でしょうね。

 

こう書いていくと、今後死亡診断に関する在宅医の重要性はますます強調されていくものと思います。看取り専門の「看取り屋」みたいな医者がいてもいいかもしれません。あるいは、まだ「死亡診断」されていない「死体」を運ぶタクシーがあっても便利だと思います。

犯罪が見逃されないか? それは現在のシステムでも大差ないと個人的には思います。

 

 

Q2. A病院の医師はなぜ警察に届け出たのか? A病院で死亡診断書を発行してはダメだったのか?

Q3. 警察はなぜ筆者に連絡してきたのか?

Q4. 筆者が死亡診断書を発行したことに問題はなかったか?

 

「自宅で死亡した場合には警察を呼ばなければならない」という誤解があります。もう一度言います。誤解です。もちろん警察を呼んでもいいです。来てくれます。しかし、絶対呼ばなければならない、ということはありません。「警察が来るくらいなら救急要請したほうがいいじゃない」という主張がありますので、これは重要な議論です。

A病院の医師が警察へ連絡したのは、Sさんの「死体」を「検案」したところ「異状」があったと判断したためと思われます(A病院の医師に確認したわけではありませんが)。医師法21条が「死体」の「異状」に関する条項です。

 

医師法21条

医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。

 

条文中の「検案」は、医師法の中には明確には記載されていないようですが、都立広尾病院事件における最高裁判決(2004年4月13日)の文中に次のようにあります。

 

医師法21条にいう死体の「検案」とは,医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい,

 

うーん、難しい。そもそも「検案」をしている時点で、そのお方はすでに「死体」になっていると認めることになりますが、生きているか死んでいるかわからない場合、それは「生体」の「診察」なのか、「死体」の「検案」なのか……

そして「検案」をして初めて「異状」かどうかの判断に至るわけで……

 

さらに厄介なのが、この「異状」という言葉。

軽くググっただけでもいろんな議論が出てくるので、ここでは深くつっこみません。少なくとも、法律の枠組みでは定義がありませんので、医師が自分の知識・経験と良心に則り、そのときの社会情勢に照らして相応な範囲で「異状」かどうか判断すればいいのでしょう。

より具体的に言えば、警察に届け出るか否かの判断ですから、犯罪性がありそうかどうかを医師の見地から考えればよいものと思います。

東京都には「監察医務院」という機関があり、「異状死届出の判断基準」というサイトもありますので、参考にしてもいいでしょう。しかし「医師法第21条により警察署に届出が必要な異状死は次のとおりです。」と断言しているのはいかがなものか……

異状死の届出の判断基準(医療機関向け) 東京都福祉保健局

 

 

運ばれてきたSさんを見たA病院の医師が、 

「お、この方はもう亡くなっている。死体になっている。検案をしよう。うん、検案したら異状だな」

と思ったら届け出をしたらよい。

 

「この方が亡くなっているかどうかは微妙なところだ。診察をしよう。他の病院(筆者の病院)では末期的な疾患で見られていたようだ。その疾患は確かにありそうだ。と思っていたら、診察中に亡くなってしまった。その疾患による死亡でよさそうだ」

と思ったら届け出は不要でしょう。A病院の医者が、筆者に一報してくれていたら、警察への届け出はしないで済んだかもしれませんね。

 

「異状」が届け出られた警察でどのような手続きがなされるのか詳しくはわかりませんが、「犯罪性の有無」を判断するのでしょう。で、司法解剖行政解剖がなされる。必ず解剖されるわけではないのでしょうが、本当に死因が分からなければ、解剖されてしまいそうです。

 

そこで主治医たる筆者の登場です。筆者が一言、

「この方は、自分が診ていた病気で亡くなったようだ。うん、間違いない」

と言って、死亡診断書を書けばそれで万事オッケーなのです。警察の仕事が減るし、遺体はすぐに家に帰れる。だから筆者が呼ばれたのです。

犯罪を見逃す? 筆者がたまたま名探偵、奥さんがたまたま悪い人、末期的なSさんが早く亡くなることがたまたま誰かのメリットになるなら、何らかの事件が書けそうですけど、それはお話の世界。

 

 

Q5. Sさんはいつ「死亡」した(「死体」になった)のか?

 

本筋から少し外れますが、死亡診断するときいつも気になっています。難しいクエスチョンです。これも何かしら事件が書けそうなテーマです。

医学的には、不可逆的に心肺停止の状態に至ったとき、と言えるでしょう。ですから、朝冷たくなっているのを発見された時点で、すでにSさんは「死亡」していたと言えます。

 

なお、医師が記入する「死亡診断書」には日付に関する項目として、「死亡したとき」「死亡診断日」「診断書発行日」が存在します。厚労省のホームページから簡単に手に入りますのでご参照ください。

「死亡したとき」は必ずしも「死亡診断日」と一致するわけではない。考えてみれば当たり前なのですが、医療者でも分かっておられない方がいます。すなわち「死亡」したらすぐさま医者が「死亡診断」する必要があるという誤解。それから「死亡」は医者が「死亡診断」して初めて「死亡」であるという誤解。

長くなるのでこれ以上は書きませんが。

 

Sさんの場合は発見された時刻、ないし死後硬直の状態などから推定された死亡の時刻を、死亡診断書の「死亡したとき」欄に書くことは問題ないでしょう。

あるいは、A病院の医師の診察時でもよい。厚生労働省死亡診断書記入マニュアル(平成31年度版)「死亡したとき」の項目の次のような記載があるためです(これを拡大解釈した結果、上記の誤解が生じる気がしますが)。

 

なお、死亡確認時刻ではなく死亡時刻を記入することが原則ですが、救急搬送中の死亡に限り医療機関において行った死亡確認時刻を記入できます。

 

筆者がSさんを「診察」した時点はどうでしょう。この記入マニュアルによれば不適切になりそうです。