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医師の自学自習のためのブログ

ランナーと貧血

長距離を専門とする中高生に鉄製剤を静注する。

いまだにやらせている指導者がいるとはにわかに信じられません。投与に応じる医者も同罪。怒りを覚えます。

 

さて、昔からある古いテーマのようですが、pubmedで「runner, anemia」で検索しても30ほどしか出ず、「athlete, anemia」でも300ちょっと。

 

トップレベルのアスリートでは、貧血は減っている。

日本人のユニバーシアード参加者のデータを検討した報告がありました*1

ユニバーシアード2年毎に開かれる、大学生の世界大会。日本からの選手は全員がpre-participation medical examinations (PPMEs: 参加前メディカルチェック)を受けており、これには貧血治療歴、身体所見、心電図、胸部X線、尿検査、血液検査などが含まれます。

1977年から2011年まで調べたところ、貧血は13.3% (1977)から1.7% (2011)と減っており、厚生労働省のデータから抽出した一般人の貧血有病率と比較しても、近年は有意に低いという結果。女性だけで比較しても同様の傾向です。医学的サポートが重要、というよりも、しっかりとモニタリングすれば貧血はなくせるということでしょう。

 

貧血の原因*2

まずはpseudoanemiaと言われる現象があるようです。pseudo-は「うその、偽の」、anemiaは「貧血」ですから「偽貧血」と呼んでもよいのでしょうか。あまり聞いたことはない。

持久力を鍛えるようなトレーニングをすると、血液(正確には血漿)が増え、その分相対的にヘモグロビン濃度が下がる(=貧血)。この「偽貧血」自体はパフォーマンスに影響しないようです。4ヶ月のトレーニングプログラムで、ヘモグロビン濃度が5%低下、血漿量が10%上昇したとするデータがあります。

 

真の貧血で重要なのは、一つは溶血、もう一つが慢性出血などによる鉄欠乏性貧血です。

溶血とは赤血球が破壊されること。様々な疾患で引き起こされますが、ランナーではfoot strike、つまり走行時の足への衝撃が原因となります。

ホントかよ、という気もしますが、実際溶血を示すハプトグロビンの低下や、網状赤血球の増加が観察されたり、足への衝撃を和らげると溶血しにくくなったりするようです。

他の競技ではあまり見られないとか。バレーボールではあるらしい。手でボールを打つから。ホントか?

 

出血について。

長距離走を行うと消化管への血流が相対的に減少し「虚血」の状態になりますが、これが消化管粘膜からの出血の原因となります。実際、虚血性腸炎などの疾患では下血のように大量に出血することがありますが、ランニング(に限らず長時間の運動)ではこれに近い状況になると。ホントかな……

 

尿や汗から鉄そのものも失われます。

無理をすると血尿が出ると言われますが、腎臓が正常な人の場合、出ているのは血液(赤血球)ではありません。ヘモグロビンやミオグロビンといった色素成分なのですが、これらが鉄を含みます。運動しすぎると筋肉が破壊されますので、成分が流出する。肉眼的に赤くなくても、尿へ失われる鉄は増えているものと考えられます。

どのくらいというのはなかなか測定できないでしょうが、放射性同位元素の鉄を用いた昔の実験では、50%の放射性鉄が失われる時間が、ランナーでは1000日、非ランナーでは2100日だったとか。

 

ランナーはどのくらい鉄を摂取すればよいのか?

溶血は止めようがありませんが、失われた鉄は補いたいものです。

教科書的には、鉄は11mgが自然に失われ、摂取した分の10%が吸収されるとありますので、非ランナーで110mgが推奨量です。月経のある女性ではこれより多く14mgという数値があります。

ランナーでは最低でもこれの1.5-2倍くらいは求められそうです。

 

日本人の鉄摂取が少ないというのは有名ですが、「日本人の食事摂取基準(2015年版)」では、鉄の推奨量は18-29歳男性で7.0mg、女性で10.5mg30-49歳男性で7.5mg、女性10.5mgなどとなっています。上に挙げた教科書の値よりかなり少ないですが、ふつうの日本人の食生活では、この推奨量にさえ届いていないのだろうと推測されます……

つまり、ランナーには、ふだんの食事+10mgくらいの鉄が必要になってくるはず。 

 

手頃なサプリメントや栄養強化食品の表示を見てみると、この10mgの鉄というのが相当多いことがわかります。

 

摂りすぎはよくないのでは?

鉄が体内に蓄積する疾患をヘモクロマトーシス、鉄過剰症などと言います。遺伝性のものもありますが、多いのは血液疾患で大量・長期間輸血を受けた方にみられるものです。

健康な人が、鉄の経口摂取により過剰症になることはまずないでしょう。吸収しきれないからです。「日本人の食事摂取基準」にも鉄の「耐用上限量」は50mgです。

鉄剤の静注? 普通の人は絶対にやってはいけません。論外です。

 

ヘモグロビンとフェリチンの定期測定を!

体内にはトータル3000-5000mg程度の鉄が存在し、約3分の2が赤血球(ヘモグロビン)に、残りは肝臓・脾臓・筋肉・骨髄などに分布します。

このうち肝・脾・骨髄にはフェリチンという物質として蓄えられ、体から鉄が減ってくると、ヘモグロビンが減る(=貧血)前にフェリチンが減ってきます。フェリチンは血液検査で簡単に調べられますが、通常の健康診断などでは測定されません。

貧血ではないけれどフェリチンが減っている状態のときに鉄を補充したら、だるさなどの症状が改善したという報告もあります。熱心なランナーは、ヘモグロビンおよびフェリチンを定期的に測るくらいのことが必要でしょう。

 

 

*1:The prevalence of anemia in Japanese Universiade athletes, detected with longitudinal preparticipation medical examinations. J Gen Fam Med 2018;19:102

*2:Runner's anemia. JAMA 2001;286:714, Iron Deficiency Anemia in a Distance Runner. Can Fam Physician 1982;28:1008