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医師の自学自習のためのブログ

死亡診断書記入マニュアルを読んで

平成31年版の死亡診断書(死体検案書)記入マニュアルを読んで感じたこと。

特にことわりがない引用は記入マニュアルからの引用です。また、厚労省通知「医師による異状死体の届け出の徹底について」および厚労省事務連絡「「医師による異状死体の届け出の徹底について」に関する質疑応答集(Q&A)について」からも引用しています。

 

1 死亡診断書(死体検案書)の意義

死亡診断書(死体検案書)は2つの大きな意義を持っています。

 

① 人間の死亡を医学的・法律的に証明する。

死亡診断書(死体検案書)は、人の死亡に関する厳粛な医学的・法律的証明であり、 死亡者本人の死亡に至るまでの過程を可能な限り詳細に論理的に表すものです。

したがって、死亡診断書(死体検案書)の作成に当たっては、死亡に関する医学的、 客観的な事実を正確に記入します。

 

② 我が国の死因統計作成の資料となる。

死因統計は国民の保健・医療・福祉に関する行政の重要な基礎資料として役立つとともに、医学研究をはじめとした各分野においても貴重な資料となっています。

厚生労働省では、我が国の基幹統計である人口動態統計として公表しています。 

 

事件・事故や災害のニュースで「心肺停止」という言葉をよく耳にします。明らかに死亡している状態(白骨化している、腐乱している、ばらばらになっているなど)はともかく、ぱっと見ただけでは亡くなっているのかどうか判然としない場合、正確性を期して、あるいは責任を回避する意味で、「心肺停止」を使用するのは妥当かと思います。

「死亡」を含め、ある人が何らかの病状であるかどうか判断する作業を「診断」と呼んでいますが、「診断」ができるのは医師のみだからです。(医師法17条)

「診断」を記載した書類を「診断書」と呼び、医師には(求めがあれば)診断書を作成する義務があります。(医師法19条)

医師法

第十七条 医師でなければ、医業をなしてはならない。
 
第十九条 2 診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会つた医師は、診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない。

 

2 死亡診断書と死体検案書の使い分け

医師は、「自らの診療管理下にある患者が、生前に診療していた傷病に関連して死亡したと認める場合」には「死亡診断書」を、それ以外の場合には「死体検案書」を交付してください。

交付すべき書類が「死亡診断書」であるか「死体検案書」であるかを問わず、異状を認める場合には、所轄警察署に届け出てください。その際は、捜査機関による検視等の結果も踏まえた上で、死亡診断書もしくは死体検案書を交付してください。

 

普通の医者は「自らの診療管理下にある患者が、生前に診療していた傷病に関連して死亡したと認める場合」以外の場合に遭遇することはあまりないと思います。

事件・事故、災害、明らかに死亡している状態(白骨化している、腐乱している、ばらばらになっているなど)などが当てはまるでしょうが、こういうときは嫌でも警察の方々が介入しますから、自分ひとりの判断で書類を作ることはありえません。

 

医学的観点からいえば「死亡」と見なされるが、明らかに死亡している(白骨化、腐乱、ばらばら)とまでは言えないときは難しいです。こういう場合、医者が「この人は死亡している!」と宣言するまでは一応「生きている」と判断するのも妥当なわけですから、その間になんやかんやと検査して、例えば「大動脈瘤破裂でした」などと診断を付け、それ(生前に診療していた傷病)に関連して死亡したと医者が認めれば、(検案書ではなく)死亡診断書を書ける。

いい加減とは言いませんが、医者が自身の良心と見識に基づいて、ある程度自由に、勝手に判断できる、というかそう判断せざるをえない。

 

例えば朝起きたら冷たくなっていた患者について、死因がわからない、判断できないという事態がありえます。これは死体検案書を書く条件そのものです。そしてそういう場合、往々にして警察に届け出られます。

ただしマニュアルにもある通り、診断書か検案書かの判断と、警察に届け出るか否かの判断は別物です。医師法では「異状」があると認めたときは届け出なければならないと義務付けられているのですが……

医師法

第二十一条 医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。

ここがよくわからない。

「死体」を「検案」して「異状」があれば、というのは(死亡診断書ではなく)死体検案書を交付すべき状況が念頭にあるように思われる。

なぜなら死亡診断書を書くというのは、疾患の診療→疾患の悪化→死亡というシークエンスを、医者が把握しているときに可能なわけで、ここに「検案」が入り込む余地がないからです。逆に、このシークエンスを把握できていないときは死亡診断書は書けず、死体検案書を書かなければならない。死体検案書を書こうと検案をした際に、異状があると思えば警察に届け出る、異状があると思わなければ届け出ない。

死亡診断書を書いたものの、例えば犯罪性があると思ったがために警察に届け出る、というのは、医師法が定めた義務ではなく、あくまで良識ある市民としての義務のように思います。

 

 「検案」とは何か。これはすでに示されています。

平成26年6月10日参議院厚生労働委員会会議録(抄)

田村厚生労働大臣 医師法第二十一条でありますけれども、死体又は死産児、これにつきましては、殺人、傷害致死、さらには死体損壊、堕胎等の犯罪の痕跡をとどめている場合があるわけでありまして、司法上の便宜のために、それらの異状を発見した場合には届出義務、これを課しているわけであります。医師法第二十一条は、医療事故等々を想定しているわけではないわけでありまして、これは法律制定時より変わっておりません。ただ、平成十六年四月十三日、これは最高裁の判決でありますが、都立広尾病院事件でございます。これにおいて、検案というものは医師法二十一条でどういうことかというと、医師が死因等を判定をするために外表を検査することであるということであるわけであります。一方で、これはまさに自分の患者であるかどうかということは問わないということでありますから、自分の患者であっても検案というような対象になるわけであります。さらに、医療事故調査制度に係る検討会、これ平成二十四年十月二十六日でありますけれども、出席者から質問があったため、我が省の担当課長からこのような話がありました。 死体の外表を検査し、異状があると医師が判断した場合には、これは警察署長に届ける必要があると。一連の整理をいたしますと、このような流れの話 でございます。

 

「外表を検査する」とは「解剖はしない」ということでしょう。いわゆるAIも含まない。ただし外表を検査するといっても「ぱぱっと見て終わりではダメですよ、ちゃんと考えてくださいね」ということは指摘されています。

 

医師による異状死体の届け出の徹底について(通知)

平成31年2月8日医政医発0208第3号(抄)

医師が死体を検案するに当たっては、死体外表面に異状所見を認めない場合であっても、死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況等諸般の事情を考慮し、異状を認める場合には、医師法第21条に基づき、所轄警察署に届け出ること。

 

平成24年10月26日第8回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会議事録(抄)

中澤構成員 それは、外表を見てということは、外表だけで判断されるということでよろしいわけですね。

田原医事課長 基本的には外表を見て判断するということですけれども、外表を見るときに、そのドクターはいろんな情報を知っている場合もありますので、それを考慮に入れて外表を見られると思います。ここで書かれているのは、あくまでも、検案をして、死体の外表を見て、異状があるという場合に警察署のほうに届け出るということでございます。これは診療関連死であるかないかにかかわらないと考えております。

中澤構成員 そうすると、外表では判断できないものは出さなくていいという考えですか。

田原医事課長 ですから、検案ということ自体が外表を検査するということでございますので、その時点で異状とその検案した医師が判断できるかどうかということだと考えています。

中澤構成員 判断できなければ出さなくていいですね。

田原医事課長 それは、もしそういう判断できないということであれば届出の必要はないということになると思います。

 

なお一番の問題である「異状とは何か」について、法的な、あるいは国として明確な結論は出ていないようです。日本法医学会が「異状死ガイドライン」を出していますが、あくまで一学会のガイドラインであり、異論も出ています。

「おかしいな」「変だな」「あやしいな」「わからないな」と思ったら異状であるとしてよいと思います。そして異状だからと警察を呼べば、警察のほうでしかるべき対応をしてくれます。かといって何でもかんでも「わからないから」と警察を呼んでいては警察も困りますので、そのあたりの塩梅は経験次第でしょうか。

COPD治療薬一覧

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LAMA

スピリーバ チオトロピウム18/5 DPI(吸入用カプセル)/ SMI(レスピマット)1日1回

シーブリ グリコピロニウム50 DPI(吸入用カプセル)1日1回

エクリラ アクリジニウム400 DPI(ジェヌエア)1日2回

エンクラッセ ウメクリジニウム62.5 DPI(エリプタ)1日1回

 

LABA

セレベント サルメテロール25or50 DPI(ディスカス)1回50・1日2回

オーキシス ホルモテロール9 DPI(タービュヘイラー)1日2回

オンブレス インダカテロール150 DPI(吸入用カプセル)1日1回

ツロブテロール(テープ)

 

LAMA/LABA

ウルティブロ グリコピロニウム50+インダカテロール110 DPI(吸入用カプセル)1日1回

アノーロ ウメクリジニウム62.5+ビランテロール25 DPI(エリプタ)1日1回

スピオルト チオトロピウム5+オロダテロール5 SMI(レスピマット)1日1回

ビベスピ グリコピロニウム7.2+ホルモテロール4.8 MDI(エアロスフィア) 1回2吸入・1日2回

 

ICS/LABA

アドエア サルメテロール50(DPI)/25(MDI)+フルチカゾンプロピオン酸エステル250(DPI)/125(MDI) ディスカス250を1回1吸入・1日2回、エアゾール125を1回2吸入・1日2回

シムビコート ホルモテロール4.5+ブデソニド160 1回2吸入・1日2回

レルベア(100のみ) ビランテロール40+フルチカゾンフランカルボン酸エステル100 1回1吸入・1日1回

フルティフォームはCOPDに適応なし

 

ICS/LAMA/LABA

気管支喘息に適応なし

テリルジー ウメクリジニウム62.5+ビランテロール25+フルチカゾンフランカルボン酸エステル100 DPI(エリプタ)1日1回

ビレーズトリ グリコピロニウム7.2+ホルモテロール4.8+ブデソニド160 MDI(エアロスフィア)1回2吸入・1日2回

 

COPD診断と治療のためのガイドライン2018より

増悪予防

・LAMA、LABA、ICSはそれぞれCOPD増悪頻度を20-30%減少させる。

・LAMA(チオトロピウム)はLABA(サルメテロール・インダカテロール)よりも増悪予防効果が高い。LABAはLAMAよりも症状改善しやすい。

・LAMA/LABA(グリコピロニウム+インダカテロール)はLAMA単剤(グリコピロニウム、チオトロピウム)よりも増悪予防効果が高い。

・ICS/LABAはICS単剤、LABA単剤よりも増悪予防効果が高い。

・ICSの長期使用は肺炎のリスクを増大させる。

・LAMA/LABAはICS/LABAよりも増悪頻度、肺炎リスクが低い。

・LAMA/LABAにICSを上乗せしても増悪予防効果はなく、またICS/LAMA/LABAからICSを中止しても増悪頻度は増加しない。ただし事後解析で好酸球が高い症例ではICS上乗せ効果あり。

 

※現時点での使い方

・まずLAMAを考慮。LAMAが使いにくい患者(特に前立腺肥大や緑内障)ではLABAを考慮。

・LAMA単剤で不十分ならLAMA+LABAを考慮。LAMAが使えないためにLABA単剤を選んだ患者は難しい……LABAの変更? ICS/LABA?

・病歴や好酸球、FENOなどで喘息らしい要素があればICSを。ICS+LAMAでもよいが合剤がないのでふつうはICS/LABAか。

・ICS/LAMA/LABAは簡単には使いにくいのでは? 

※日経メディカルの記事で、まずICS/LAMA/LABAを3ヶ月使用し、その後LAMA/LABAに変更するというオピニオンを読んだ。明らかにACOで症状も強ければ選択肢と思われるが、COPDの多くの症例で初期に用いるのは乱暴な気がする。

気管支喘息治療薬一覧

参考:難治性喘息診断と治療の手引き2019

 

吸入ステロイド

JGLでは、保険承認の最高用量を「高用量」、その半量を「中用量」、その半量を「低用量」としている。

GINAでは最高用量の上限が設定されていない。 

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BDP:キュバール(エアゾール;大日本;50100

  成人は100/回・12回 max 800/

FPフルタイドディスカス、エアゾール;GSK100200

  成人は100/回・12回 max 800/

CIC:オルベスコ(インヘラー;帝人50100200

  成人は100-400/回・11回 max 800/

MF:アズマネックス(ツイストヘラー;MSD100200

  成人は100/回・12回 max 800/

BUD:パルミコート(タービュヘイラー;アストラ;100200

  成人は100-400/回・12回 max 1600/

FF:アニュイティ(エリプタ;GSK100200

  成人は100-200/回・12回 max 200/


吸入ステロイドLABA

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FP/SM:アドエア(ディスカス、エアゾール;GSK)

BUD/FM:シムビコート(タービュヘイラー;アストラ)

FP/FM:フルティフォーム(エアゾール;杏林)

FF/VI:レルベア(エリプタ;GSK)

 

COPDでの適応

アドエア ディスカス25011吸入・12回、エアゾール12512吸入・12

シムビコート 12吸入・12

レルベア 10011吸入・11

フルティフォームは適応なし

 

テオフィリン徐放製剤

・機序:非特異的PDE阻害作用、ヒストン脱アセチル化酵素2活性化作用、炎症細胞の浸潤抑制など。

・LABAより劣る、LTRAと同等かやや劣る、LABAに上乗せ効果がある。

 

ロイコトリエン拮抗薬

・中等症~重症喘息でLTRAを加えると増悪が抑制され、呼吸機能・コントロールが改善したする報告がある。

・ICSに追加する薬剤としてLABAのほうがLTRAよりもよい。

アレルギー性鼻炎合併、運動誘発、アスピリン喘息では特に有効。

 

抗コリン薬

・中高用量ICS/LABAへのチオトロピウム上乗せの有効性報告あり(NEJM 2012;367:1198)

・当初は重症喘息に対する併用であったが、現在ではステップ2以降で使用可能。

 

経口ステロイド

・JGL2018ではステップ4の治療。

・原則はPSL 0.5mg/kg前後を1週間以内。連用する場合はPSL 5mg/d程度。GINA2017ではPSL 7.5mg/d以下を勧めている。

 

抗体製剤

 

商品名

標的

 

その他の適応

オマリズマブ

ゾレア

IgE

体重と血清IgE

特発性慢性蕁麻疹

メポリズマブ

ヌーカラ

IL-5

 

EGPA

ベンラリズマブ

ファセンラ

IL-5受容体α鎖

 

 

Reslizumab

 

IL-5

 

 

Tralokinumab

 

IL-13

 

 

Dupilumab

 

IL-4受容体α鎖

 

 

Tezepelumab

 

TSLP

 

 

TSLP:thymic stromal lymphopoietin(胸腺間質性リンパ球新生因子)

ランナーと貧血

長距離を専門とする中高生に鉄製剤を静注する。

いまだにやらせている指導者がいるとはにわかに信じられません。投与に応じる医者も同罪。怒りを覚えます。

 

さて、昔からある古いテーマのようですが、pubmedで「runner, anemia」で検索しても30ほどしか出ず、「athlete, anemia」でも300ちょっと。

 

トップレベルのアスリートでは、貧血は減っている。

日本人のユニバーシアード参加者のデータを検討した報告がありました*1

ユニバーシアード2年毎に開かれる、大学生の世界大会。日本からの選手は全員がpre-participation medical examinations (PPMEs: 参加前メディカルチェック)を受けており、これには貧血治療歴、身体所見、心電図、胸部X線、尿検査、血液検査などが含まれます。

1977年から2011年まで調べたところ、貧血は13.3% (1977)から1.7% (2011)と減っており、厚生労働省のデータから抽出した一般人の貧血有病率と比較しても、近年は有意に低いという結果。女性だけで比較しても同様の傾向です。医学的サポートが重要、というよりも、しっかりとモニタリングすれば貧血はなくせるということでしょう。

 

貧血の原因*2

まずはpseudoanemiaと言われる現象があるようです。pseudo-は「うその、偽の」、anemiaは「貧血」ですから「偽貧血」と呼んでもよいのでしょうか。あまり聞いたことはない。

持久力を鍛えるようなトレーニングをすると、血液(正確には血漿)が増え、その分相対的にヘモグロビン濃度が下がる(=貧血)。この「偽貧血」自体はパフォーマンスに影響しないようです。4ヶ月のトレーニングプログラムで、ヘモグロビン濃度が5%低下、血漿量が10%上昇したとするデータがあります。

 

真の貧血で重要なのは、一つは溶血、もう一つが慢性出血などによる鉄欠乏性貧血です。

溶血とは赤血球が破壊されること。様々な疾患で引き起こされますが、ランナーではfoot strike、つまり走行時の足への衝撃が原因となります。

ホントかよ、という気もしますが、実際溶血を示すハプトグロビンの低下や、網状赤血球の増加が観察されたり、足への衝撃を和らげると溶血しにくくなったりするようです。

他の競技ではあまり見られないとか。バレーボールではあるらしい。手でボールを打つから。ホントか?

 

出血について。

長距離走を行うと消化管への血流が相対的に減少し「虚血」の状態になりますが、これが消化管粘膜からの出血の原因となります。実際、虚血性腸炎などの疾患では下血のように大量に出血することがありますが、ランニング(に限らず長時間の運動)ではこれに近い状況になると。ホントかな……

 

尿や汗から鉄そのものも失われます。

無理をすると血尿が出ると言われますが、腎臓が正常な人の場合、出ているのは血液(赤血球)ではありません。ヘモグロビンやミオグロビンといった色素成分なのですが、これらが鉄を含みます。運動しすぎると筋肉が破壊されますので、成分が流出する。肉眼的に赤くなくても、尿へ失われる鉄は増えているものと考えられます。

どのくらいというのはなかなか測定できないでしょうが、放射性同位元素の鉄を用いた昔の実験では、50%の放射性鉄が失われる時間が、ランナーでは1000日、非ランナーでは2100日だったとか。

 

ランナーはどのくらい鉄を摂取すればよいのか?

溶血は止めようがありませんが、失われた鉄は補いたいものです。

教科書的には、鉄は11mgが自然に失われ、摂取した分の10%が吸収されるとありますので、非ランナーで110mgが推奨量です。月経のある女性ではこれより多く14mgという数値があります。

ランナーでは最低でもこれの1.5-2倍くらいは求められそうです。

 

日本人の鉄摂取が少ないというのは有名ですが、「日本人の食事摂取基準(2015年版)」では、鉄の推奨量は18-29歳男性で7.0mg、女性で10.5mg30-49歳男性で7.5mg、女性10.5mgなどとなっています。上に挙げた教科書の値よりかなり少ないですが、ふつうの日本人の食生活では、この推奨量にさえ届いていないのだろうと推測されます……

つまり、ランナーには、ふだんの食事+10mgくらいの鉄が必要になってくるはず。 

 

手頃なサプリメントや栄養強化食品の表示を見てみると、この10mgの鉄というのが相当多いことがわかります。

 

摂りすぎはよくないのでは?

鉄が体内に蓄積する疾患をヘモクロマトーシス、鉄過剰症などと言います。遺伝性のものもありますが、多いのは血液疾患で大量・長期間輸血を受けた方にみられるものです。

健康な人が、鉄の経口摂取により過剰症になることはまずないでしょう。吸収しきれないからです。「日本人の食事摂取基準」にも鉄の「耐用上限量」は50mgです。

鉄剤の静注? 普通の人は絶対にやってはいけません。論外です。

 

ヘモグロビンとフェリチンの定期測定を!

体内にはトータル3000-5000mg程度の鉄が存在し、約3分の2が赤血球(ヘモグロビン)に、残りは肝臓・脾臓・筋肉・骨髄などに分布します。

このうち肝・脾・骨髄にはフェリチンという物質として蓄えられ、体から鉄が減ってくると、ヘモグロビンが減る(=貧血)前にフェリチンが減ってきます。フェリチンは血液検査で簡単に調べられますが、通常の健康診断などでは測定されません。

貧血ではないけれどフェリチンが減っている状態のときに鉄を補充したら、だるさなどの症状が改善したという報告もあります。熱心なランナーは、ヘモグロビンおよびフェリチンを定期的に測るくらいのことが必要でしょう。

 

 

*1:The prevalence of anemia in Japanese Universiade athletes, detected with longitudinal preparticipation medical examinations. J Gen Fam Med 2018;19:102

*2:Runner's anemia. JAMA 2001;286:714, Iron Deficiency Anemia in a Distance Runner. Can Fam Physician 1982;28:1008

ステロイド維持治療が難しければ、必要時シムビコートでもいいかもしれない

原著

Controlled Trial of Budesonide-Formoterol as Needed for Mild Asthma.

(New Engl J Med 2019, May 19)

Novel START trial

 

気管支喘息に対する治療では吸入ステロイドの定期吸入が必須。しかし「薬を続けるのはちょっと」というのは仕方ない。

そんな人にシムビコートをレリーバーとして使用するのはありなのかもしれない。

 


★それまでSABAしか使われていなかったmildな気管支喘息患者。1年以内の入院歴、重喫煙者などは除外。

★SABA単独、ステロイド維持+SABA、as-neededのシムビコートで1:1:1にランダム割付。オープンラベル。

★12ヶ月間観察。ただし重症発作があったり治療変更が必要であったりすれば中断。

as-neededシムビコート群では、SABA群よりも喘息発作が減った(0.195件/人年vs 0.400件/人年;RR 0.49)。ステロイド維持群とは有意差がなかった。

as-neededシムビコート群は、SABA群だけでなくステロイド維持群と比べても、重症発作が減った。

ステロイド維持群のほうが、as-neededシムビコート群に比べて、喘息症状は抑制されていた。

 


気管支喘息に対して吸入ステロイド薬を投与することで発作のリスクを減らせるが、推奨通り処方されていない場合が多い。医療者側のreluctance、患者側のreluctance(症状がmildあるいはinfrequent)がある。

●「吸入ステロイド+即効性β2アゴニスト」(シムビコート)をレリーバーとしてas-neededに使用するという方法がある。

●維持治療(maintenance)を行われていないmildな喘息に対して、budesonide-formoterol(シムビコート)をレリーバーとして使用する治療法のランダム化二重盲検・プラセボ比較試験が2つ行われた(SYGMA trial 1 and 2NEJM 2018;378:1865NEJM 2018;378:1877)。これらの試験は非常に限定的な対象について行われており、外的妥当性が低いとの指摘があった。すなわち、二重盲検のために12回吸入(プラセボでも)を12ヶ月求められたこと、低用量の吸入ステロイドやロイコトリエン拮抗薬使用者はこれらを中断させられたこと、SABAを週に2回以上必要な患者が対象であったこと、などである。

●今回の試験では、それまでSABAしか使用していなかったmildな喘息患者について、as-neededのシムビコートが、as-neededSABA、およびステロイド定期吸入+as-needed SABAよりも、喘息増悪抑制効果が高いかどうか検証した。

 

【方法】

ニュージーランドUK、イタリア、オーストラリアの16primary/secondary施設。

52週、ランダム化、オープンラベル、パラレル。アストラゼネカの資金提供あり。

●試験の詳細なプロトコルは公表済み(Eur Respir J 2016;47:981)。

 

患者

18-75歳、「医師から喘息と診断された」と自己申告すれば対象となる。

●過去3ヶ月に「喘息」に対してSABAのみが処方されており、過去4週間にSABAを計2回以上、かつ1日あたり平均2回以下使用している。ただし過去12ヶ月に重症発作がある患者ではSABAの最低使用量制限はなし。

●除外:過去12ヶ月に喘息で入院、喫煙歴(自己申告で20 pack-yearsの者。または10 pack-yearsの喫煙歴のあるcurrent/previous smokerで、呼吸器症状のある40歳以上の者)など。

 

割付・概略

1:1:1で割付。国別では均等になるように。

SABA群(albuterol group):albuterolVentolin, GSK; pressurized metered-dose inhaler)をas neededで使用。100 µg2/有症状時に。

ステロイド維持群(budesonide maintenance group):budesonidePulmicort Turbuhaler)を1200 µg12回で、albuterolas neededで。

as-neededシムビコート群(budesonide formoterol group):シムビコートをbudesonide 200 µg + formoterol 6 µg1回、as neededで。

●患者教育:発作時の対応、受診した際や全身ステロイド投与を受けた際に記録を残すこと、など。

inhalerには電子的なモニター機能が搭載された。

7visitあり。Weeks 0(ランダム化)、61222324252

1回の重症発作(severe exacerbation;ATS/ERSの基準あり―3日以上の全身ステロイド、入院、全身ステロイド投与を行った救急外来受診)、お互い7日以上あいた3回以上の発作、治療変更が必要なunstable asthmaの場合は中断。これらがなければ、全期間中フォロー。

 

アウトカム

primary outcome:発作の頻度(annualized rate of asthma exacerbations per patient)。発作の定義は、緊急に医療機関受診が必要な喘息症状の悪化、全身ステロイド投与が必要、高用量のβ2アゴニストが必要(24時間以内にalbuterol 16吸入またはシムビコート8吸入)

secondary outcome:発作回数、初回発作までの時間、発作の回数(=患者数)、試験中断者数、ACQ-5のスコア(5つの質問に0(よい)~6(悪い)の7段階のスコアをつける)、FEV1、呼気NObudesonide使用量、βアゴニスト使用量、経口ステロイド投与量、副作用。

 

統計

●省略

 

【結果】

20163月から20178月に675人がランダム化された。患者背景はTable 1

●過去12ヶ月に重症発作があったのは7.3%54%は過去4週間にSABAを週2回以下だけ使用していた。

 

アウトカム

●発作頻度は、シムビコート群vs SABA群でシムビコート群が優れていた(1患者・年あたり、0.195 vs 0.400件;RR 0.49 [95%CI 0.33-0.72], p<0.001)。シムビコート群vs ステロイド維持群では有意差なし(0.195vs 0.175件;RR 1.12 [95%CI 0.70-1.79], p=0.65)。Fig 1B

●この傾向は、試験が中断された患者について補正しても同様であった。

 

●シムビコード群はSABA群に比較して、初回発作までの時間が優れており、ステロイド維持群と比較して有意差がなかった。Fig 2A

●重症発作は、シムビコート群がSABA群にもステロイド維持群にも勝っていた。

●試験が中断された患者数は、シムビ群はSABA群より優れ、ステロイド維持群とは有意差がなかった。

 

ACQ5スコアは、全てのタイムポイントで、シムビコート群はSABA群よりは低く、ステロイド維持群よりは高かった。

FEV1は、全てのタイムポイントで、シムビコート群はSABA群ともステロイド維持群とも有意差がなかった。

12ヶ月時点でのFENOは、シムビコート群はSABA群よりは低く、ステロイド維持群よりは高かった。

 

budesonide使用量(mean±SD)はシムビコート群で107±109 µg/dayステロイド維持群で222±113 µg/dayTable 2

B群での12回吸入のアドヒアランス56%

●副作用はTable 3

 

Discussion

結果まとめ

as-neededシムビコート群では、SABA群よりも喘息発作が減った。

as-neededシムビコート群は、SABA群だけでなくステロイド維持群と比べても、重症発作が減った。

ステロイド維持群のほうが、as-neededシムビコート群に比べて、喘息症状は抑制されていた。

 

SYGMA trialよりも、実際の臨床に近い状況で行われた。

SYGMAではas-needed SABAよりもas-neededシムビコートが喘息発作を64%減らしていたが、本試験でもおおむね同じような結果であった。

●一方、SYGMAでは、as-neededシムビコートとbudesonide maintenanceとの差はみられなかったが、本試験では重症発作を減らした。これは、オープンラベルで行ったメリットかもしれない。SYGMAではas-needed群でもプラセボinhalerが使用された。

●今回、as-needed SABA群とbudesonide maintenance群との間で重症発作に差がなかった。これは、as-needed SABA群で「重症発作以外の理由で中断された患者が多かった」ためかもしれない。

 

limitation

●実際の臨床よりも通院頻度は多いかもしれない。

●電子的にモニターされることを患者が知っている。

secondary outcomeの結果は補正されておらず、治療法の違いによらないかもしれない。