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医師の自学自習のためのブログ

有瘻性膿胸の症例

すごいニオイの記憶ある。

 

60代の男性で、診断時すでに脳転移のあった肺小細胞癌の患者さんに、入院下で初回の化学療法を行っていた。小細胞癌は予後は悪いが、抗癌剤への初期の反応は悪くない。肺の腫瘤影は徐々に縮小傾向にあった。

 

ある日発熱し、レントゲンでも肺炎のようであったので、肺炎として抗菌薬を開始した。が、2-3日経っても発熱が続く。

レントゲンを撮り直すと「ん?胸水?」。側面像で背部の陰影が増大している。肺炎がただ悪くなっているというより、何らかの液体が肺の外に貯留しているような印象。しかし、ただの胸水なら重力に沿って下に流れるはずなのに流れていない。膿が貯まっているのか。いずれにしろ穿刺して胸水の性状を調べなければならない。

 

研修医の先生とベッドサイドに行くと、患者さんはゴホゴホと痰を絡んだ咳をしており、部屋には何とも言えず嫌なニオイが漂っている。こんなニオイしてたかな……

エコーを当てると、やはり胸腔内に液体貯留が確認される。体を起こしても背部から液体が動かず、被包化しているのかもしれない、と思う。

 

背部から肋間にぶすっと針を差し、シリンジを引く。

「あ」と声が出る。

白くて粘稠性のある液体が引けてくる。抹茶オレかというほど、完全に膿汁。

もうしょうがないので、少量引いたところでやめる。膿胸なので胸腔ドレーン、つまり太い管を入れなければならない。背部だと入れにくいな……どこから入れよう、などと考える。

針を抜き、採取した膿汁を検体容器にトポトポと移す。

……強い悪臭。

もうこれがすごい。便のニオイとも違う。先ほどから室内に漂っていた、何かが腐ったような嫌なニオイを1万倍くらい濃縮したニオイで、手技を手伝ってくれていた研修医の先生は吐きそうになっていた。

自分は予感していたので耐えられた。ニオイするかもと教えてあげたらよかった。

 

CTを撮ると、膿汁の溜まった空間に面した肺の一部が破けているようで、いわゆる有瘻性膿胸である。破れた部分から膿汁が肺に入り、それが気道を逆流して、例のニオイのする咳・痰として出てきていたのだろう。

よく見ると、ちょうど癌の病変あたりが破れている。おそらく抗癌治療によって癌が縮小したときに破れたのだと推測する。

画像を呼吸器外科の先生にも見てもらう。膿汁が肺全体にまき散らされると、一瞬で敗血症になって死んでしまったりするらしい。しかし手術をするのはなぁ、とのコメント。ドレナージは有効に出来ているようなので、抗菌薬でおしてみることにする。

幸い、ドレーンと4週間の抗菌薬投与で膿胸は完治し、その後抗癌剤を再開することもできた。

 

クサい咳・痰は有瘻性膿胸かもしれない。勉強になりました。

なお、膿汁からは通常口腔内に常在するレンサ球菌、嫌気性菌が培養された。多くの膿胸は口腔内の菌を起因菌とする。口腔内環境を整えることの重要性は古くから認識されている。

 

「すごいニオイ」#ジェットウォッシャー「ドルツ」


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